人的資本経営とは?注目される背景や取り組み方をわかりやすく解説

人的資本経営とは、人材を企業の資本と捉え、中長期的な企業価値の向上につなげる経営手法です。近年、働き方の多様化やESG投資の浸透により人的資本経営に国内外から注目が集まっています。この記事では人的資本経営の背景やメリットとともに、人的資本経営の取り組み方について解説していきます。

人的資本経営とは

人的資本経営の詳しい内容について説明する前に、まずは「人的資本経営とは何か」について簡単に紹介します。

人材は資源ではなく「資本」

人的資本経営では、人材を資源ではなく「資本」と考えます。人材の育成に投資してその価値を最大限に引き出し、中長期的な企業価値向上につなげる経営手法が「人的資本経営」です。

ちなみに企業が保有する資本は「有形資本」と「無形資本」の2つに分けられ、人材は「人的資本」として無形資本に属するとされています。

分類種類主な要素
有形資本財務資本株式・借入・寄付
製造資本建物・設備
無形資本人的資本能力・経験・意欲
知的資本特許権・著作権・ノウハウ
社会・関係資本ステークホルダーとの関係
自然資本環境資源

国内外で注目を集める人的資本経営

リーマンショック以降、諸外国の投資家から、人的資本の開示要求が高まりました。その要求を受け、2018年12月、国際標準化機構より人的資本情報開示のガイドライン「ISO30414」が策定されました。

さらに2020年8月には、米国証券取引委員会(SEC)が上場企業に対し、人的資本の情報開示を義務化しています。

諸外国の動きを受け、日本では2020年9月、経済産業省が「人材版伊藤レポート」を公表しました。それをきっかけに、日本国内でも人的資本情報開示の重要性が浸透しています。

2021年6月には、上場企業が遂行すべき企業統治のガイドライン「コーポレート・ガバナンスコード」が改訂され、人的資本に関する内容が追加されました。さらに、2022年8月には内閣官房より「人的資本可視化指針」が発表されており、人的資本情報の開示要求が高まっています。

人的資本経営に注目が集まる理由

人的資本経営に注目が集まっている理由には、以下の3つが挙げられます。

  • 人材や働き方の多様化
  • ESG投資の浸透
  • 技術の進歩による市場変化

ここでは、それぞれの理由について解説します。

人材や働き方の多様化

近年では、外国人労働者や非正規雇用者、共働き夫婦、シニア世代の再雇用が増加し人材構造が多様化しています。働き方改革やリモートワークの普及の影響により、働き方も多様化してきました。

それにより、従来の画一的な方法で人材を管理することが困難になっています。企業が持続的に成長するためには、人材の働き方や考え方に合わせた労働環境を提供することが必要です。

多様な人材の能力を最大限に引き出すためにも、人的資本経営が注目されています。

ESG投資の浸透

近年では、環境汚染や不当労働問題などの社会課題を受け、サステナビリティ(持続可能性)に注目が集まっており、以下の3つの観点から評価されています。

  • Environment:環境
  • Social:社会
  • Governance:ガバナンス

それぞれの頭文字から、サステナビリティを重視した投資は「ESG投資」と呼ばれており、その中の「Social」に対する取り組みとして「人的資本経営」が求められています。

特に「多様性の尊重」「エンゲージメント」などの人材に関する指標を重視した経営は、投資家から高い評価を受けています。投資家が求めるものの変化により、人的資本経営が注目されはじめました。

第4次産業革命

近年では、技術の進歩による市場変化が起こり、AIやロボットが業務を最適化する第4次産業革命を迎えています。これらの技術を活用した市場が成熟した場合、技術力で競合との差別化を図ることは困難です。

競合との差別化を図るには、イノベーションが不可欠となり、イノベーションを起こすためには人のアイデアが必要です。人材が能力を発揮するには、より良い環境が必要であり、その手段として人的資本経営が注目されています。

人的資本経営で企業が開示すべき情報について

2022年11月、金融庁から「『企業内容等の開示に関する内閣府令』等の改正案の公表について」の発表がありました。それによると、2023年3月期の有価証券報告書から、上場企業約4,000社に対し人的資本投資に関する「戦略」と「指標及び目標」の開示が求められることになりました。

具体的には「人材育成方針」「社内環境整備方針」の記載事項(従業員数・平均年齢・平均勤続年数・平均年間給与)に、女性管理職比率や男性育児休業取得率、男女間賃金格差が追加されています。

企業には、経営戦略と人材戦略の連動性を明確にし、効果測定できる指標や目標、進捗状況を開示することが求められています。

人的資本経営に取り組むメリット

人的資本経営に取り組むメリットには、以下の3つが挙げられます。

  • 投資家に注目してもらえる
  • 企業のイメージアップにつながる
  • 生産性やエンゲージメントが向上する

ここでは、それぞれのメリットについて解説します。

投資家に注目してもらえる

人的資本経営に取り組む企業は、投資家に注目してもらえます。人的資源は、投資家が企業価値を判断する指標のひとつです。人的資源に取り組んでいれば、投資家から企業価値が高いと判断され、投資対象として認識されます。

投資家から投資を受けられれば、新しいサービスの開発や事業の立ち上げもでき、企業の売上や利益の増加にも期待できるでしょう。

企業のイメージアップにつながる

人的資本経営に取り組んでいることを認知してもらえれば、企業のイメージアップにもつながります。良い印象を持ってもらえれば、自社のサービスを利用してもらえたり、評判が上がったりといった効果が期待できるでしょう。

また、採用面でも効果が期待できます。人的資本経営により「従業員のことを考えている企業」であると認識してもらうことにより、求職者からは「この企業で働いてみたい」と思う人がいるはずです。

自社で働いてみたい人が増えれば、優秀な人材が集まる可能性も上がり、人材不足解消にもつながります。

生産性やエンゲージメントが向上する

生産性やエンゲージメントの向上につながることも人的資本経営に取り組むメリットです。従業員は、会社から「必要と思われている」「期待されている」と感じれば、ポジティブな感情を持ちます。

会社に対するポジティブな感情は、エンゲージメントの向上につながります。エンゲージメントが高まれば、業務に対する取り組み方が変わるため、生産性向上にもつながるでしょう。

人的資本経営の「3P・5Fモデル」とは?

人材版伊藤レポートでは、人材戦略には3つの視点と5つの要素が必要と謳われています。この考え方をフレームワークにしたものが「3P・5Fモデル」です。「3P・5Fモデル」に沿った施策を進めることにより、経営戦略と人材戦略が連動します。

出典:経済産業省「人的資本経営の実現に向けた検討会 報告書〜人材版伊藤レポート2.0〜

3つの視点(P)

Pは、人材戦略を検討する際に俯瞰すべき視点(Perspectives)を指しています。

視点1:経営戦略と人材戦略の連動

  • 経営戦略の実現を支える人材要件を定義する
  • 人材確保に向け、具体的な目標(アクションやKPI)を設定する

視点2:As is-To beギャップの定量把握

  • 目標に対するギャップを定量的に把握し、問題や課題を把握する
  • 定期的に見直しを実施する

視点3:企業文化への定着

  • 企業と従業員との間で企業理念やパーパス(存在意義)、行動指針を共有し、企業文化として定着させる
  • 経営トップが自ら積極的に発信する

5つの要素(F)

5Fは、業種を問わず組み込むべき人材戦略の要素(Factors)を指しています。

要素1:動的な人材ポートフォリオ

  • スキルや経験、在籍期間などを記したものをリアルタイムで可視化する

要素2:知・経験のダイバーシティ&インクルージョン

  • 知識や価値観、考え方の違いを受け入れることにより、人材のパフォーマンスを引き出す

要素3:リスキル・学び直し

  • 従業員が自らのキャリアを見据え、学び直せるような支援をする

要素4:従業員エンゲージメント

  • 従業員の共感を得られる経営戦略を構築する
  • パフォーマンスを発揮できる労働環境を整備する

要素5:時間や場所にとらわれない働き方

  • 多様な働き方に対応できるような制度を整備する
  • 業務プロセスやコミュニケーションの手段を見直す

人的資本経営の実践方法

人的資本経営は、以下の手順で取り組んでいきます。

  • 優先課題や目指すべき姿を明確にする
  • 目標設定と施策の考案
  • 施策を実行し効果検証する

ここでは、それぞれのプロセスについて解説します。

優先課題や目指すべき姿を明確にする

人的資本経営は、経営課題と人材戦略課題が連動していなければいけません。そのため、自社の優先課題や目指すべき姿を明確にしたうえで、それを解決するための人材を育成する戦略を立てる必要があります。

たとえば、自社の経営課題として業務のデジタル化が挙げられる場合、デジタル人材の確保や育成を進めることが、経営課題と連動した人材戦略です。ただし、いくら経営課題と連動した人材戦略を立てても、現状とあまりにもかけ離れていては、成功するのは難しいでしょう。

前述した例で言えば、デジタル化に精通した人材がいないのにもかかわらず、デジタル人材の育成だけを人材戦略とした場合、教育できる人がいなければ戦略は成功しません。

デジタル化に精通した人材がいないのであれば、まずはデジタル人材の確保から取り組む必要があります。目指す姿と現在の姿のギャップを把握したうえで、段階を踏んだ人材戦略を立てることが大切です。

目標設定と施策の考案

優先課題や目指すべき姿を明確にできたら、目指すべき姿になるための具体的な施策考案と目標を設定します。施策は、目指すべき姿とのギャップを埋めるためのものでなくてはなりません。

デジタル人材の確保が施策であれば、いつまでに何人、どのようなスキルを持った人材を確保するのかを最終目標に設定します。そのうえで、最終目標を設定するための段階的なKPIを設定します。効果検証できるよう、定量的なKPIを設定することが大切です。

施策を実行し効果検証する

目標設定と施策の考案ができたら、施策を実行し、効果検証します。定期的にモニタリングし、施策による変化や目標達成度を把握することが大切です。効果検証結果をもとに、施策を見直したり、改善したりすることにより、より効果的な施策になります。

効果検証を効率的に実施するには、状況をリアルタイムで把握できる仕組みの構築も重要です。効率的にPDCAサイクルを回すことを意識しましょう。

人的資本経営の注意点

人的資本経営に取り組む際のポイントには、以下の2つが挙げられます。

  • 開示を目的にしない
  • 経営戦略と人材戦略を連動させる

ここでは、それぞれのポイントについて解説します。

「開示」が目的ではない

人的資本の情報開示を目的にしないことがポイントです。人的資本経営に取り組んでいると、投資家の要望や情報開示の義務の影響を受け、情報開示のために、施策を実施するケースがあります。

情報開示は、人的資本経営に取り組む過程のひとつであり、目的ではありません。なんのために情報開示するのかを考えたうえで、取り組むことが大切です。人的資本経営は、あくまでも自社の目指すべき姿を実現する手段ということを忘れないようにしましょう。

経営戦略と人材戦略の連動が必要

経営戦略と人材戦略の連動も怠ってはいけません。自社の状況が変わってしまったのにもかかわらず、人材戦略を続けてしまうケースがあります。これは、経営層と人事部門の認識合わせができていない場合に起こりがちです。

人材戦略は、経営戦略を成功させる手段です。経営層と人事部門で定期的にコミュニケーションを取り、経営戦略と人材戦略との紐づけを徹底しましょう。

まとめ

人的資本経営とは、人材を企業の「資本」と捉え、中長期的な企業価値向上へとつなげていく経営手法です。日本国内でも、働き方の多様化やESG投資の浸透などにより、人的資本経営が注目を集めています。時代の変化に対応し、生き残るためには、導入していく価値がある経営手法と言えるでしょう。

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