今なぜ「デザイン経営」が求められるのか

2021/08/12

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BNGパートナーズでは、「CxO塾!」でベンチャー企業のCxOにご登壇いただき、自社のアップデートに役立つ情報をお届けしています。11月のテーマは「CXOが語るデザイン〜デザイン経営を求めて」。

2018年5月に経産省が発表した「デザイン経営宣言」。デザイン経営は、ブランドとイノベーションを通じて、企業の産業競争⼒の向上に寄与するものとされています。しかし、いざ取り入れたいと思っても「どうすれば良いかわからない」「経営者の理解が得られない」「人材を採用できない」など、課題を抱える企業は多いようです。

デザイン経営を妨げる障壁や責任者の採用の課題、デザインに投資するタイミングなどについて、本質的な議論が交わされたイベントをリポートします。

この記事のキーワード

・CXOの役割
・CXOの採用・キャリア
・デザイン経営の本質
・デザイン経営の障壁
・デザイン経営の必要性

CXOとは:Chief Experience Officer(チーフ エクスペリエンス オフィサー)。経営の上流から意思決定に関わり、あらゆる顧客体験をデザインする役割を持つ責任者である。売上や人事、社内コミュニケーションなど、顧客体験を最大化するための組織づくりも担う。

デザイン経営宣言とは: 2018年5⽉に、経済産業省・特許庁、産業競争⼒とデザインを考える研究会が発表した。

(撮影:植田 翔/取材・文:安住 久美子)

【Moderator】
■株式会社グッドパッチ 代表取締役社長・CEO 土屋尚史 氏
サンフランシスコで海外進出支援などを経験後、2011年にグッドパッチを設立。企業規模を問わずデザインの力で支援し、自社開発のプロトタイピングツール「Prott」はグッドデザイン賞を受賞。経済産業省第4次産業革命クリエイティブ研究会の委員を務め、2018年にはデザイナーのキャリア支援サービス「ReDesigner」を発表。

■Japan Digital Design株式会社 CXO 浅沼尚 氏
2001年にインダストリアルデザイナーとして東芝に入社。2013年にデザインディレクターとして北米へ赴任。帰国後、Tigerspikeに入社し、UX Leadとしてデジタルサービスにおける体験デザイン戦略立案・コンセプト開発を主導。2018年6月にMUFGグループ会社のJapan Digital Design株式会社に入社。同年9月にCXOに就任し、体験デザインのプロセス整備、デザインチーム立ち上げ、およびMUFGグループ企業の体験デザイン支援を実施。
(以下、敬称略)

目次[非表示]

  1. 【CXOとは】すべてのエクスペリエンスに責任を持つ
  2. 【採用・キャリア】デザイナーはキャリアパスをどう描く
  3. 【CXOの役割】文化がない組織ではデザインが実行できない
  4. 【デザイン経営の本質】短期では投資回収できない
  5. 【デザイン経営の障壁】重要なのは社内の関係値づくり
  6. 【デザイン経営の必要性】会社が目指すゴールから逆算する

【CXOとは】すべてのエクスペリエンスに責任を持つ

土屋:まず「CXO」と名乗ることになった経緯を教えてください。

坪田:僕はBCGデジタルベンチャーズ時代にOnedotというジョイントベンチャーを立ち上げる際、土屋さんに相談したことがあったんです。「デジタル文脈だとみんな理解してくれないから、COOを名乗ろうと思う」と。これに対し土屋さんは、デザイン業界のためにCDOを名乗るべきだといってくれました。「これからはデザインの力で盛り上げていかなくちゃいけない。坪田さんがCDOというポジションで実績を作っていけば、世の中に増える。やっていきましょう」と。

土屋:そうでしたね。経営層の中にデザイナーがいないから、デザインの価値があがらない。そういう空気が日本でも出てきたタイミングだったんですよね。

坪田:僕が最初にCOOになろうと思ったのは理由があって。CDOと名乗ると、説明コストがかかるんです。取引先で話をしていても、どんなことをするのかイメージがつかない人が多いんですよね。

土屋:delyでタイトルをCXOにしたのは、どういう経緯ですか。

坪田:CDOというと職種は、イラストや絵を書くところ、デザイナーチームなど縦軸が管掌範囲だと思われがちです。でもCXOというのは、エクスペリエンスという横軸でプロダクトの開発と意思決定に関わる。ユーザー体験を追求するために、カスタマーサービスとグロースを連携しましょうとか、マーケ部門と一気通貫で広告からプロダクトまでリテンション考えましょうとか。横軸で責任が持てる仕事ということで、CXOとしました。

特にdelyは100人くらいのスタートアップなので、そのくらいの規模だと基本的に縦軸は意識しないほうが良いんですよね。

浅沼:僕の場合は、CDO(Chief Design Officer・最高デザイン責任者)も検討はしたのですが、いろいろな観点で対外的に説明しやすいほうがいいなと思ってました。

今の役割としては、Japan Ditigal Designで新規事業の体験設計をしながら、MUFGの新規事業や業務改善の支援もしています。現時点では、MUFGにはエクスペリエンスオフィサーという立場の人はいないので、CXOというタイトルにすれば、「MUFGグループとして体験設計に注力していく」という社内外に対してわかりやすいメッセージになるのではと思いました。

【採用・キャリア】デザイナーはキャリアパスをどう描く

土屋:CXO人材って、結論からいうとなかなかいません。デザイン責任者も、UIUXデザイナーも非常に少ない。浅沼さんはJapan Digital Designの立ち上げに関わられたんですね。どういう経緯で入社されたんですか。

浅沼:はい、デザイン組織の立ち上げを行いました。最初はTigerspikeのクライアント案件を抱えていたので、Japan Digital Designにすぐに100%コミットしたわけではないんです。最初はディレクターとして入りました。

土屋:それは何経由の採用ですか?

浅沼:エージェント経由ですね。実際は、Japan Digital DesignとTigerspikeとでプロジェクトを行ったことがあり、会社としてもある程度どんなスキルを持った人材がいる会社なのかは把握していたようです。東芝からTigerspikeへ行ったときも、エージェントを使いました。

土屋:エージェントを使うタイプのデザイナーと使わないタイプがいますね。坪田さんは使わないタイプですもんね。

坪田:そうですね。僕の場合の転職は1本釣りです。いろいろな会社に誘われていて、給与水準だけで見ればもっと良いところありました。でも、上場企業にいくと規模が大きい分、実現するための調整コストや政治活動をしないと結果が出せない。自分の時間をどこに使うのか考えた時に、数年かけて地盤を固めていくのか、するとしても自分の大半の時間を投資するので、会社探しは慎重になります。

delyに関しては社長である堀江さんや経営陣のビジョンや人格、メンバー、「食」という領域にフィットしたというのと、最初は「週3でやってみませんか。」という話だったので、それなら楽しそうだなと思いましたね。

土屋:デザイナーって平均年収はそんなに高くないですが、できる人は当然高いわけです。でも、できる人たちは入る会社を報酬で選ばないというのも、難しいところですよね。経営者としてデザインに投資し伸ばす意思があるのであれば、できるデザイナーが魅力を感じる会社の文化を作っておかなくちゃいけない。可能性を感じる会社にしなくてはならない、ということですね。

坪田:デザインで結果を出しやすいフェーズというのはいくつかあって。一般的なデザイナーの価値は、ジェットコースター型だと思います。

スタートアップの最初のファイナンス時期は、デザインは外注でなんとかなるんです。でも、社員数が30名くらいになってアクセルを踏みたいという時期になると、デザイナーが入ってもすでに経営陣で方針が決まっているので、上流から入りにくい状態になってしまう。スタートアップなら、やるんだったら創業時からやりたい、というのはありますよね。

また、大企業で年収2,000万円といわれても、開発プロセスの改革や部門横断した取り組みを実現するには、社内政治に数年投資しなくてはならない。手を動かす事をやめて、その数年に情熱を注ぐことができるかというと、そこが難しいんです。

パフォーマンスを発揮しやすい地点とタイミングを探すのは難しい。ですから、僕はジェットコースターみたいに、デザイナーとして価値が発揮しやすい部分タイミングで、自分の価値を発揮できるよう参戦タイミングや入るチームをコントロールしています。

土屋:坪田さんのような人材はかなり稀ですよね(笑)。浅沼さん、そういうポテンシャルのある人と出会うには、どうしたらいいんでしょうか。

浅沼:僕が見てきた中では、志向性とかを抜きにすると日本メーカーのインハウスデザイナーはめちゃめちゃ優秀です。メーカーでは、ある程度デザイナーの立場や役割は明確ですしね。一方で、デザイナーがいない会社のコンサティング業務を行なっていたときに思ったのは、メーカー以外の会社にこそデザイナーの活躍できる場があるなと思いました。

土屋:一人目のデザイナーとして切り開いていくって、厳しくないですか。

浅沼:そうですね。社長直下のミッションで行うとしても、少しずつ各部門の信頼を得ながら裁量を持てるような社内環境や文化を作っていく必要があります。。一般論としては、少なくとも1年くらいは自由にできる環境を作ってもらって、外部のプロフェッショナルと一緒にやっていくのがベターだと思いますね。

土屋:浅沼さんがJapan Digital DesignでCXOに就任するのは、ある程度実績を出してからという話だったんでしょうか。

浅沼:そうですね。お互いそのほうが良いと思いました。いきなりマネジンメント層の人材を入れるのって、雇う側からすると不安ですよね。僕も100%期待に答えられるかわからないので、オファーとしてはチーフ〇〇という話もあったんですが、まずはディレクターとしてスタートするのが妥当かなと思いました。

土屋:僕も過去に組織崩壊の経験があるので、最初からはタイトルをつけないですね。むしろタイトルに興味がない人を採用するようにしています。

浅沼:一緒に仕事をしてみて、お互い相性が良く、同じ方向を向いてやれるとわかってからでもいいですよね。僕の場合CXOになる決め手になったのは、MUFG内のデータを分析するAIの研究所をJapan Digital Designに作る話があったこと。データサイエンティストと一緒にデザインワークする機会はなかなかないので、とても興味がありました。もちろん社長との相性というのも大事だと思います。

土屋:デザイン責任者の採用でよくあることだと思うんですが、20名~30名くらいのスタートアップでCDO・CXOやっていましたという人を採用すると、規模が大きくなった組織にはまらないケースってありますよね。プロダクトは良いものを作れるけれども、マネジメント、組織づくりはやったことがない。文化づくりがそもそもできませんという場合。

坪田:フェーズによって求められることが違いますよね。プロダクトアウトの結果で伸びてきた時代って、手を動かすスキルが高い人たちが伸びてくる。それが100人規模の組織になると、チーム戦になる。1000人規模になればチーム戦の意味が横軸になるので、また違う。そういった違いを全部バランス持てる人って、なかなかいないですね。

土屋:タイトルだけ見て、間違って採用してしまうケースはありそうですよね。

坪田:僕も社長や組織との相性などを見極めたかったので、最初は業務委託から入ってます。タイトルがミスリードして、実は求められていたスキルセット違うということは起きうるので、社内である程度成果を出してからタイトルをつけたほうが良いとは思いますね。

それから、CDO・CXOの領域ってマーケティング領域がかぶるんです。ですから、後からCDOが入るとリサーチやブランドに関しての縄張り争いが生まれやすい。役員同士が連携したり、管掌範囲を明確に決めて動けばいいんですけど、自分の領域を守ろうとして、連携できずに効果が半減する、トラブルはしばしばあると思います。

僕がdelyに入って最初にアウトプットしたのは、営業部門が売上げをあげるための新機能だったんです。わかりやすく成果も出ますし、そこで営業チームの内情も理解できるし仲良くなれました。横軸で関係値を作っていくのは意識してやっています。デザインを数値化して費用対効果を証明していくより、、社内で信頼を勝ち取ってチームワークをほうが最終的には早いということなんですね。

土屋:浅沼さんはCXOとしての評価というのは、どのようにしていますか。

浅沼:今期の会社のミッション、ビジョンに基づいて自分の役割はこうだから、こういうことをやっていきます。それができたかどうかを評価してください、方向性が違ったら言ってくださいと評価軸自体を提案するようにしています。期待値がずれていると、お互い良かれと思ってやっているのに残念な結果になりますので。

土屋:マネジメントというのは、期待値を合わせる仕事ですよね。年に1回、半期に1回の面談で評価を決めるというのは今の時代の経営には合わないですし、やはりこまめに、メンバーたちと期待値のすり合わせをしていくというのは大事ですね。

【CXOの役割】文化がない組織ではデザインが実行できない

土屋:次に、CXOとして具体的にどんなことをしているのか教えてください。

坪田:僕の場合はとてもシンプルです。社長の堀江さんのビジョンを汲み取って、それをユーザー体験として実現、リリースするのが仕事です。これまでどの会社にいたときも、ボスになる人のビジョンをいかなる方法で実行するかを考える役割を担う事が多く、僕自身はビジョナリー型ではありません。堀江さんがビジョナリーで、ファイナンスや折衝は得意ですが、具体化に責任を持つのが仕事です。

土屋:社長とのコミュニケーションはどのくらいのペースでとっていますか。

坪田:週1で1on1をやっています。朝の1時間カフェでくだらない雑談をしたり、作るものについて話したり。僕としてはそこから社長のコンディションがわかることもあるので、何らかのアクションにつながることもありますね。他にも経営会議とかSlackとかで、随時コミュニケーションはとっています。

土屋:いうなれば社長の右腕ですよね。グッドパッチの案件ごとのチームは、PO(プロダクトオーナー)と仕事をする。もしくはスタートアップだと創業者になるわけです。その人たちの抽象的なビジョンを具体化する、枝葉になっているものを抽象化する、右腕になれるようなチームでありたいねと常に話をしています。それを坪田さんは内部に入ってやっているので、より全方位的にできるというわけですよね。

坪田:delyはCOOがいないんです。CEO、CTO、マーケティングの責任者がいるんですが、CTOは新規事業のほうを今やっているので、僕がクラシルの開発ラインの責任を持ってる感じです。

土屋:浅沼さんはいかがですか。

浅沼:僕は主に3つです。1つ目は会社で新規事業の立ち上げ・体験設計の部分、2つ目はMFUGの体験デザイン支援、3つ目は従業員の体験設計、エンプロイーエクスペリエンスですね。どのように会社の文化を作るか、そのためにはどういうアクティビティを行うかというところまでが責任範囲です。

土屋:本来はあるべき姿なのかもしれないんですが、実際にデザイナー出身の方で、プロダクトを見ながら組織の文化設計ができる人って、なかなかいないですよね。

浅沼:前職のTigerspikeではそこに投資していたんです。海外のデザインエージェンシーは文化作りに投資し、文化に合う人をどう採用するかというところに、注力しています。採用という観点でも合理的ですし、すごく大事なことですよね。

土屋:デザインを実行する際、「文化がないとそれが実行できない」という壁にぶつかるんですよね。何かがあったときにユーザーに聞きにいくとか、ユーザーの最前線に経つという価値観がない組織に、デザインを理解してもらうのは非常に大変です。逆にそういう根底の文化があれば、デザイナーが働きやすくなることもあるので、そこまでを守備範囲にしてるというのは素晴らしいですね。

【デザイン経営の本質】短期では投資回収できない

土屋:「デザイン経営」宣言という資料が、経産省・特許庁からリリースされてから1年半くらい経ちます。国としても支援していきますという話だったんですが、実際にやっているお二人からすると、デザイン経営ってどう言語化されるのか、というところをお聞きしたいですね。

坪田:理想的な姿のモデルが、僕の中ではあって。ユニクロか無印良品なんですよね。ユニクロって、今はプロダクトも良い、デザインも良いと思われていますが、10年前くらいは「ださい」という時代があったんですよね。この10年ユニクロが何をしてきたかというと、毎年ブランドを上げるためのクリエイティブに、ずっと投資し続けているんです。有名なデザイナーなどを巻き込んでプロダクトを変え続け、その結果、イメージは変わり売上げを伸ばしてきた。これがひとつのロールモデルだなと思うんです。

投資の過程では社内も含めてあまり共感者はいなかったと思うんです。それでもやり続けたのは、強いですよね。

土屋:デザイン経営といわれたときに、ブランドとイノベーションのデザインに投資することだとか、経営チームの中にデザイン責任者をおくべきだという提言があったんですけど。そこが必ずしも本質じゃないなと思いますよね。

坪田:デザイン経営って、言い換えると「投資回収コントロール」だなと思うんです。ユニクロや無印良品って、当時は投資に対して3~4年で回収できるものはなかったけれど、今となってはブランドが価値になっていて、出すと横展開しやすくなっています。無印良品は最近カフェやホテルなど、マルチ展開していますが、これはデザイン経営に投資し続けてきた結果ですよね。

そしてそれを判断できる人が、「短期では投資回収できない」というのをちゃんとコントロールしてきた結果が今のユニクロや無印良品だとすれば、それがデザイン経営の本質だと思います。

土屋:短期で見るものではない、というのはひとつ言えるかもしれませんね。

坪田:デジタルにおいて、デザインの数値化はできることはいくつかあるので、それにおいては短期で見てもかまいません。ただ、ブランド・マーケティングという中のデザインは、短期ではなく長期の投資という意思を体現できる人が必要でしょうね。

土屋:これはなかなか再現性が難しいですよね。定量化されにくい部分もありますし、ユニクロくらいの規模になれば認知率を計れるかもしれないですけど、もっと小さい会社や、ましてやBtoBの会社だと計れない。

坪田:ブランド調査においては、結果的に売上が上がっているとか、認知度が上がっているとか一応の数値化をできる人はいるかもしれないですが、それを意思決定材料にはできないですよね。まずきちんとビジョンを決めて、投資対効果のラインを決めて、意思決定すべきだと思います。

土屋:それを経営チームにいるデザイン責任者が提案したとしても、トップに理解がないと絶対実行されないですよね。トップがもともと理解している人なのか、理解をもたせるのかということになりますが。

坪田:トップに理解を持たせるのは、けっこう難しいですよね。僕はDeNAでデザイン組織を作ったとき、最終的にメンバーが200人くらいになり、予算も持たせてもらえるようになりました。なぜそうなれたのかというと、当時「UXデザイン」という言葉が流行っていたので、UXデザインについて南場さんに講演してもらう企画をして外部メディアで記事にしてもらったんです。外から固めていったら、急に社内の流れが変わったということがありました。たぶん、社内でドキュメントを作って説得しても、通用しなかったかなと思います。

土屋:そういうテクニックも必要ですね。浅沼さんはいかがですか。

浅沼:「デザイン経営」という言葉自体がナンセンス、というと怒られちゃうんですが(笑)。これをデザイナーがいう時点で、きついですよね。ボトムアップで「デザイン経営が大事です」とデザイナーがいっても無理。「デザイン経営」のメッセージは、デザイナーに向けてではなく、経営者に向けてだと思うんです。これが響かない人はどうしようもない。

デザイン経営はトップの裁量で行うとした場合、オーナー企業はやりやすい。一方で、3年程度で社長が交代してしまうような会社だと、長期的なスパンでの投資となるデザイン経営は難しい気がします。

坪田:今の日本の企業では、株をもっていない経営者や、ホールディング型の社長が多いですし、そういう社長は費用対効果が出にくい投資について、経営会議で提案しにくい。一方で、創業社長や二代目、三代目くらいのほうが、意思決定は早いですよね。

土屋:たしかに日本の高度経済成長で、松下電気、ソニー、ホンダなどの創業社長の時代はみんな「デザインだ」と言っていました。でも社長が変わり、少しずつ変わってしまった。トヨタは現在の章男社長になってから、デザインに力を入れるようになってきましたね。

【デザイン経営の障壁】重要なのは社内の関係値づくり

土屋:お二人は実際にうまくやられていらっしゃると思うんですが、他の会社がデザイン経営を入れたいと思ったとき、力を入れられない障壁になることってなんでしょう。

坪田:これは、会社のステージによって全然違うと思います。大企業においては、SIerを使って開発している企業体質から変わらなければ難しい。年間数十億の取引を内製化する難しさもあるし、利害関係的に対抗する立場の人がいますからね。

さらに、AWSやGCPを使えない社内ポリシーや、クラウド的なソフトウェアサービスを作っちゃいけないとか、上場企業においては少しでもリスクがあれば動きを止める。そういう武器を、みんなが持っているんです。

デザイン投資は、不確実性の高く投資的な観点で意思決定をしなくてはいけない。それにはある程度の決裁権が必要で、社内でどの部門が強いかによってその障壁も変わってきますよね。結局それを突破するのが政治力や信頼貯金ですけど、デザイナー系の人たちが政治力を使って上に上がっていく出世ルートほぼないですよね。インハウスにおいてデザイナーのキャリアが無く、優秀な人は独立していくのは課題です。

土屋:日本のプロダクトはマーケに投資して、流入を増やそうとする。でもプロダクトの改善をしないままにマーケに投資しても、穴が空いたバケツに水を入れているような状態だと思います。マーケは投資対効果が数字で出るので、言いやすい。でもデザインは時間軸が長いし、不確実性が高いので、デザイナーも言いにくいんですね。

坪田:その点、スタートアップはやりやすいですよね。delyも風通しが良いですし、そんなに壁はないので。僕がいろいろな会社を経てスタートアップにいるのは、そういう部分もあると思いますね。

浅沼:僕は、デザイナーの味方が社内にどれだけいるかが大事だと思っています。社長とCXOだけで良いプロダクトができるかというと、そうではありません。CTOにも、COOにも、ひととおりフロアの中で関わる人みんなに理解をしてもらわないとできません。

デザインは数値化できないのが苦しいところで、NOと言われる場面はたくさんあります。その中で、この人に任せれば大丈夫、この部門だったら良いモノ作れるという信頼を勝ち取らなくてはなりません。

土屋:難しいですね(笑)

浅沼:デザイン経営をやりたいからとCXOを採用して「じゃあよろしく」というのは絶対無理ですね。入れた人がちゃんと責任を持って、成功体験を社内で作るところまでを支援していかないと。ですから、最初のプロジェクトで成功しそうなものをちゃんと選ぶことも必要ですね。

土屋:数の論理で、デザイナーは圧倒的マイノリティですからね。

【デザイン経営の必要性】会社が目指すゴールから逆算する

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土屋:最後に、本当にデザイン経営はすべての企業に必要なのかどうか。

坪田:すべての企業に必要ではないですよね。これは事業体によって違いますし、デザイナーがいる、もしくはデザインに投資していることが、ネガティブに作用してしまうケースがあります。

デザイナーって皆さんが想像するとおり、エゴが強いし、わがままな人が多い。そういうプライドがあるから良いものが作れる場合もありますけど、組織によっては都合よく動かなくなることもある。たとえば会社の業績としてデザインへの投資を一旦絞り、とりあえず短期の数字を確保したいという経営判断をする場合がありますよね。でも強いデザイナーチームを持っていたら、反発するケースもあり得ると思います。

浅沼:僕はイノベーションとか、ブランドを作るとか。そこにゴールを置いている会社は必要だと思います。今のままで大丈夫と思っている会社には、理屈上いらないのかなと。

最近ちょっと面白いなと思ったのが、ISOがイノベーションの規格をヨーロッパで立ち上げたんです。ISO56000っていうんですけど。イノベーションをし続ける活動を管理するためには、どういう組織やプロセス、文化なのかという型を作ったんです。聞いた話によれば、新しいチャレンジをするのに失敗したくない、型は絶対あるはずだということで、標準化・規格化したようです。

土屋:イノベーションを失敗しないようにするって厳しいですよね(笑)。失敗するからイノベーションが生まれるんですけどね。

浅沼:日本人って同じ気質なんじゃないかなと思うので、大企業はこういう型があるとやりやすいかもしれませんね。

土屋:デザイン経営を進める中で、ビジョン、ミッションを強くするというのは、最終的に人を集めていくということ。マーケットの中での自社の価値を高めていくためには、多くの会社に必要なことだと思います。

労働人口が減少する中でも、成長を志向する会社は人を囲えるんです。成長し続ける、挑戦し続ける人たちは、AIに代替されないし、そういう人を多く抱える会社が繁栄し続ける可能性がある。そのために、会社の向かっていく方向性とブランド、イノベーションを生み出す体制があるかどうか。今後必要になるはずです。